新事業進出・ものづくり補助金の賃上げ要件、勘違いしやすい6つのポイント

※本記事は当事務所の見解です。新事業進出・ものづくり商業サービス補助金の第1回公募の公募要領(1.3版、2026年9月)とよくあるご質問をもとにしています(2026年10月時点)。要件は公募回ごとに変わることがあるため、申請前に必ず最新の公募要領を確認してください。

この記事の結論

  • 賃上げ要件の判定は、基準年度と事業計画の最終年度の比較で行われます。途中の年が計画を下回っても、最終年度に目標へ届けば達成です。
  • 計算の対象は、各年度に全月分の給与を受けた従業員です。基準年度と最終年度で同じ人である必要はありません。
  • 途中の年に全月分の対象者がいなくても判定には響きません。ただし従業員は必ず1人以上必要で、事業場内最低賃金(地域別最低賃金+30円以上)は毎年確認されます。
  • パートタイム従業員は、正社員の就業時間に換算して人数を数えます。時給が高ければ、1人当たりの金額も小さくなりません。
  • 見られるのは総額ではなく1人当たりです。採用が計画どおり進まなくても、1人当たりで目標に届けば達成です。
  • 年平均3.5%は最低限の要件で、実際に判定されるのは申請者が自分で定めた目標値です。目標の伸び率は複利で積み上がるため、計画期間が長いほど必要な賃上げは大きくなります(3.5%の場合、3年で約10.9%、5年で約18.8%)。
  • 審査では高い目標が評価されますが、未達なら補助金の返還があります。要件を正しく理解し、収益計画で裏付けた目標を立てることが大切です。

新事業進出・ものづくり補助金の賃上げ要件

1人当たり給与支給総額を年平均3.5%以上増やす計画を立て、事業計画の最終年度に、自社で決めた目標値を達成することが求められます。あわせて、事業場内最低賃金を毎年、地域別最低賃金+30円以上に保つことも要件です。

項目内容
1人当たり給与支給総額基準年度から年平均3.5%以上増やす(目標値は自社で設定。高い目標は、その高さと実現可能性に応じて審査で評価)
判定の時点事業計画期間の最終年度
基準年度補助事業実施期間の終了時点を含む事業年度
対象となる従業員基準年度と算出する各年度に、全月分の給与を受けた常勤従業員(パートは正社員の就業時間で換算)
対象となる給与給料、賃金、賞与など(役員報酬、福利厚生費、法定福利費、退職金は除く)
事業場内最低賃金計画期間中、毎年の事業化状況報告で、地域別最低賃金+30円以上かを確認
事業計画期間3~5年で任意
事業化状況報告5年間(計6回)
従業員への表明交付申請時までに、全従業員(または従業員代表者)に表明。表明がなければ交付決定の取消と全額返還
賃上げ未達の返還交付額×(1-達成率)。年平均成長率が0%以下なら全額
最低賃金未達の返還未達の年ごとに、交付額÷計画年数
賃上げ特例年平均6.0%以上と、最低賃金+50円以上で補助上限を引上げ。未達なら引上げ分を全額返還

賃上げが未達でも、年平均成長率が0%より大きければ、返還は未達の割合分です。0%以下なら全額返還となります。付加価値額が増えず、かつ会社全体で計画期間の過半数が営業利益赤字の場合や、天災など事業者の責めによらない場合は、返還を求めないとされています。出典:公募要領(第1回・1.3版)

年度ごとに確認されること

賃上げの判定は「基準年度と最終年度」、最低賃金は「毎年」です。この違いを押さえると、このあとの6つのポイントが理解しやすくなります。

確認されること申請時の直近決算期→基準年度基準年度途中の年最終年度
1人当たり給与支給総額「足下の賃上げ」として審査で評価(返還はなし、表明は必要)計算の起点判定なし目標に届いたかを判定
全月分の給与を受けた従業員―1人以上必要いなくても判定には影響なし(従業員は1人以上必要)1人以上必要
事業場内最低賃金(+30円以上)――毎年確認毎年確認

ポイント1:対象は、各年度に全月分の給与を受けた従業員。同じ人でなくてよい

1人当たり給与支給総額の計算に入るのは、その年度の全月分(12か月分)の給与を受けた従業員です。基準年度と最終年度で、それぞれこの条件を満たす人がいればよく、同じ人である必要はありません。

よくあるご質問は、全月分の給与を受けていれば同じ人である必要はなく、年度によって対象者や人数が変わってもよいと明記しています。基準年度の従業員が計画期間中に退職しても、それぞれの年度に条件を満たす常勤従業員がいれば、要件を計算できるとされています。

従業員基準年度最終年度
A(ずっと通年で勤務)対象対象
B(最終年度の途中で退職)対象対象外
C(基準年度の途中で入社)対象外対象

事業年度の途中で入社した人は、その年度は計算に入りません。翌年度に通年で在籍すれば、その年度から対象になります。役員は、人数にも給与にも含まれません。

注意したいのは、基準年度に対象者が1人もいないケースです。1人当たり給与支給総額が計算できず、要件を判定できなくなります。少人数の会社や人の入れ替わりが多い会社は、基準年度の在籍状況を先回りして確かめておきましょう。この点は、「新事業進出・ものづくり商業サービス補助金」の落とし穴で詳しく解説しています。

ポイント2:途中の年の賃上げ率は問われない。最終年度で目標に届けば達成

賃上げ要件は、基準年度と最終年度の1人当たり給与支給総額を比べて判定されます。途中の年に計画を下回っても、最終年度に目標へ届いていれば返還はありません。

よくあるご質問は、賃上げ要件について、事業計画期間(3~5年)の最終年度終了時点で、申請時に設定した目標値を達成しているかを確認すると説明しています。途中で目標値を下回っても、最終年度終了時点で達成していれば返還の対象にはなりません。3年計画・年平均3.5%なら、3年後に基準年度から約10.9%以上増えていれば達成です。

たとえば業績の波で2年目の昇給を抑えても、最終年度までに取り戻せば要件は満たせます。ただし、次の2つは「途中」でも見られます。

  • 事業場内最低賃金は毎年確認されます。 地域別最低賃金は毎年改定されるため、改定のたびに+30円以上を保てているかの見直しが必要です。
  • 「足下の賃上げ」は審査で見られます。 申請時の直近決算期から基準年度までに、物価上昇率を上回る程度の賃上げがない計画は、審査で大幅に不利になるとされています。届かなくても返還はありませんが、交付決定までに従業員への文書での表明が必要です。

途中の年に無理をしてまで計画どおりに上げる必要はありませんが、最終年度に届かせる道筋は持っておきましょう。

ポイント3:途中の年は全月分の対象者がいなくてもよい。ただし従業員は必ず1人以上

基準年度と最終年度のあいだの年に、全月分の給与を受けた従業員がいなくても、賃上げ要件の判定には影響しません。ただし、従業員は必ず1人以上雇っておく必要があります。

理由は、事業場内最低賃金の要件です。この要件は計画期間中、毎年の事業化状況報告で確認され、その際に賃金台帳などの提出が求められます。事業場内最低賃金とは、補助事業を実施する場所で働く従業員の時給(月給制は時給換算)のうち、最も低い額です。

従業員が1人もいない年は、賃金台帳で事業場内最低賃金を示せません。その年は要件を満たしたと確認できず、未達として「交付額÷計画年数」の返還を求められるおそれがあります。

よくあるご質問は、事業場内最低賃金の要件を確認できる従業員が働く補助事業実施場所を含めて申請するよう求めています。最低賃金を確かめられる従業員がいることが、この要件の前提になっているということです。

補助事業を実施する事業場には、計画期間を通じて最低1人は従業員を置く体制を考えておきましょう。退職が続いた年でも、確認の時点で雇用が途切れないようにすることが大切です。

ポイント4:パートは正社員の所定労働時間で人数を換算する

新事業進出・ものづくり補助金では、パートタイム従業員を「正社員の就業時間に換算した人数」で数えます。時給が高ければ、短時間勤務でも1人当たり給与支給総額はそれなりの金額になります。

換算のしかたは、「パートの総就業時間(残業を除く)÷正社員1人あたりの就業時間(残業を除く)」です。よくあるご質問の例では、正社員が週35時間、パートが週15時間なら、15÷35=0.42人(小数点以下第3位を切り捨て)として扱います。

たとえば、正社員の所定労働時間が週40時間の会社で、時給1,600円のパートが週20時間・年52週働くとします。年間の給与は約166万円、人数は0.5人です。1人当たりに直すと約333万円となり、同じ時給でフルタイムで働く人と同じ水準になります。

注意したいのは、換算の基準が正社員の就業時間だという点です。パートなど短時間勤務の人しかいない会社でも、就業規則や賃金規程で正社員の所定労働時間を定めておきましょう。基準がないと、人数を換算できません。

なお、対象は常時使用する従業員です。日々雇い入れる人や2か月以内の期間を定めて雇う人などは含みません。

なお、省力化投資補助金(一般型)では、パートを換算せず1人として数えます。補助金によって数え方が違うので、取り違えないよう注意しましょう。

ポイント5:見られるのは総額ではなく1人当たり。採用が遅れても達成できる

要件は1人当たり給与支給総額で判定され、給与の総額は問われません。採用が計画どおりに進まず、給与の総額が計画より少なくなっても、1人当たりで目標に届いていれば達成です。

たとえば、基準年度の対象者が5人・1人当たり400万円の会社が、3年計画(年平均3.5%)で最終年度に7人体制を目指したとします。最終年度に必要な1人当たりは約443.5万円です。

項目計画実績(採用が進まなかった場合)
対象の人数7人5人
給与の総額約3,105万円約2,218万円
1人当たり約443.5万円約443.5万円
賃上げ要件―達成

逆に、給与水準の低い人を多く採用すると、1人当たりは下がります。事業年度の途中で入社した場合は、その年度は計算に入らず、翌年度に通年で在籍すれば対象になる点も、採用計画とあわせて考えておきましょう。

一方で、1人当たりを上げるために人を減らすのは禁物です。公募要領では、主に従業員の解雇によって要件を達成させるような事業は補助対象外とされ、数字を意図的に操作して要件を満たすことも認められていません。

ポイント6:計画期間が長いほど、必要な賃上げは大きくなる

年平均3.5%は複利で積み上がるため、計画期間を長くするほど、最終年度に必要な1人当たり給与支給総額は高くなります。投資の回収が3年で見込める計画なら、計画期間も3年にすると、約束する賃上げの幅を小さくできます。

計画期間必要な増加率(年平均3.5%)最終年度に必要な1人当たり(基準年度400万円の場合)大幅賃上げ特例(年平均6.0%)の場合の増加率
3年約10.9%約443.5万円約19.1%
4年約14.8%約459.0万円約26.2%
5年約18.8%約475.1万円約33.8%

5年なら「3.5%×5年=17.5%」ではなく、複利で約18.8%です(よくあるご質問にも同じ説明があります)。

計画期間は3~5年の範囲で、申請者が自由に決められます。そのうえで、次の点も押さえておきましょう。

  • 報告は5年間続きます。 計画期間を3年にしても、事業化状況報告は、補助事業を完了した年度の終了後から5年間(計6回)必要です。
  • 最低賃金を外した年の返還は重くなります。 返還額は「交付額÷計画年数」なので、3年計画では1年あたり交付額の3分の1です。毎年の最低賃金を確実に守れる体制が前提になります。
  • 審査では目標の高さも見られます。 公募要領では、基準値より高い目標は、その高さと実現可能性に応じて評価されます。期間と目標の決め方は、収益計画の確かさとあわせて考えることになります。

要件を理解したうえで、高い目標を収益計画で裏付ける

審査では高い賃上げ目標が評価されやすい一方、届かなければ補助金の返還が待っています。6つのポイントを踏まえて、過度なリスクを背負い込まない形で、高い目標と、それを支える収益計画をセットで作ることが大切です。

計画づくりでは、次の点を確かめておきましょう。

  1. 自分で決めた目標値が、判定の基準です。 基準の3.5%を超えて賃上げしていても、申請時に自分で設定した目標値に届かなければ、要件は未達になります(よくあるご質問)。
  2. 判定の起点は、基準年度の実績です。 申請時の基準年度の数字は見込みで、実績が確定すると、その実績を基準に判定されます。「足下の賃上げ」で基準年度の1人当たりが上がれば、最終年度に必要な金額も上がります。
  3. 計画期間は、回収の見通しで決めます。 3年で回収できる投資なら3年計画で約束の幅を抑え、5年かけて育てる事業なら、その分の賃上げを収益で賄えるかを確かめます。
  4. 人員計画と賃金計画をつなげます。 基準年度と最終年度に全月在籍する人、パートの換算、採用の時期(事業年度の途中で入社した場合、その年度は計算に入らない)を、年度ごとに見込みます。
  5. 賃上げの原資を、収益計画で示します。 付加価値額を年平均4.0%以上伸ばす計画も要件です。人件費の増加を、付加価値の伸びで賄える計画にします。売上が計画を下回った場合でも目標に届くか、悲観的なケースでも試算しておくと安心です。
  6. 実績は、実際に支払った額で判定されます。 ベースアップをしても、残業時間や賞与の増減で支給額は変わります。最終年度に目標を上回れる余地を、賃金や賞与の設計に持たせておきましょう。

返還が免除されるのは、付加価値額が増えず計画期間の過半数が営業利益赤字の場合や、天災など事業者の責めによらない場合に限られます。免除をあてにした計画は避けましょう。

よくある質問

途中の年に1人当たり給与支給総額が下がったら、返還になりますか?

なりません。判定は最終年度で行われ、途中の年が計画を下回っても、最終年度に目標へ届いていれば返還はありません。ただし、事業場内最低賃金の要件は毎年確認されます。

基準年度にいた従業員が退職したら、要件を満たせなくなりますか?

それだけで満たせなくなるわけではありません。基準年度と最終年度の対象者は同じ人である必要はなく、それぞれの年度に全月分の給与を受けた従業員がいれば計算できます。

賃上げの目標に届かなかったら、補助金は全額返還ですか?

原則として、届かなかった割合に応じた一部の返還です。たとえば目標3.5%に対して実績が2.0%なら、未達成率は約43%で、返還は交付額の約43%です(賃上げ特例を使っていない場合)。ただし、年平均成長率が0%以下の場合は全額返還になります。

事業計画期間は何年にすればよいですか?

3~5年の範囲で自由に選べます。期間が長いほど、最終年度に必要な賃上げは大きくなります。投資の回収が早い計画なら、短めの期間で約束の幅を抑えるのも一つの方法です。なお、報告は計画期間にかかわらず5年間続きます。

パートしかいない会社でも申請できますか?

パートでも、常時使用する従業員(解雇の予告が必要な人)にあたれば従業員として数えます。新事業進出・ものづくり補助金では、パートを正社員の就業時間に換算して人数を数えるため、就業規則などで正社員の所定労働時間を定めておきましょう。

基準の3.5%を超えていれば、自分で決めた目標値に届かなくても問題ありませんか?

問題があります。申請時に自分で設定した目標値を下回れば、3.5%を超えていても要件は未達となり、返還の対象になります。

従業員への表明を忘れたら、どうなりますか?

交付申請時までに、目標値を全従業員(または従業員代表者)に表明していなかった場合は、交付決定の取消と補助金の全額返還を求めるとされています。表明は期限内に行い、記録を残しておきましょう。

まとめ:要件をよく理解した専門家に相談を

賃上げ要件は、判定の時点、対象となる従業員、1人当たりという物差し、計画期間の長さを正しく理解すると、無理のない計画に落とし込めます。誤解したまま高い目標を掲げると、数年後に返還という形で跳ね返ってきます。

当事務所の代表は、補助金の審査業務にも携わる中小企業診断士・行政書士です。採用定着士として、人の採用や定着の支援も行っています。公募要領の要件を踏まえて、賃上げ目標の水準と計画期間、人員計画、そして賃上げの原資となる収益計画が一本の筋でつながっているかを、事業者の方と一緒に確かめます。

賃上げ要件に不安がある方、計画期間や目標の決め方に迷っている方は、お気軽にご相談ください。支援の内容は、新事業進出・ものづくり商業サービス補助金の申請サポートでご案内しています。省力化投資補助金(一般型)の賃上げ要件は、パートの数え方などに違いがあるため、別の記事で解説しています。

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長野 利雄

長野 利雄 プラネット行政書士事務所 代表

  • 中小企業診断士
  • 行政書士
  • 採用定着士
  • 認定経営革新等支援機関

1971年山口県下松市生まれ、静岡県伊東市在住。
25年間、IT業界の東証プライム上場企業を中心に法人営業や企画部門に従事し、大手製造業向けにIoTやDXの導入を推進。2022年3月に日鉄ソリューションズ株式会社を退社後、プラネット行政書士事務所を開業。

中小企業のお客様へビジネス経験を活かした事業計画の策定や採用定着を支援。(公財)千葉県産業振興センターでの補助金受付業務(嘱託)や補助金事務局での審査の経験がある補助金専門家として活動中。「創業手帳」等の補助金解説記事の監修も担当。2026年6月に千葉県市川市から静岡県伊東市へ移住。オンラインで全国のお客様を引き続きご支援しつつ、温泉三昧の日々も満喫。

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