
「うちは酒類の販売免許を持っているから、国税庁の補助金に申請できるはずだ」——酒販店の経営者や、酒類販売業免許を持つ飲食店の方から、そんな声を聞くことがあります。
たしかに間違いではありません。国税庁の「酒類業振興支援事業費補助金」は、酒類の製造免許または販売業免許を受けている事業者を対象としており、酒販店も、免許を持つ飲食店も、申請すること自体はできます。最大1,000万円という金額だけを見れば、魅力的な制度に映るでしょう。
しかし、「申請できること」と「採択されること」は別の話です。公募要領を読み込み、過去の採択者の顔ぶれを眺めると、この補助金は実質的に、酒蔵・ブルワリー・ワイナリーといった「造り手」のための制度に見えてきます。販売のみの事業者や飲食店が造り手と同じ土俵で戦うのは、正直なところ分が悪いと言わざるを得ません。
本記事では、補助金事務局で審査を担当した経験を持つ立場から、そう考える理由を公募要領の記述に沿って解説した上で、酒販店・飲食店が現実的に狙うべき3つの補助金——小規模事業者持続化補助金、新事業進出・ものづくり補助金、中小企業省力化投資補助金——を整理します。
国税庁の酒類業補助金は「誰向け」に設計されているか
建前の対象は「製造免許または販売業免許」の事業者
まず制度の骨格を確認します。酒類業振興支援事業費補助金は国税庁が実施する補助金で、令和8年度は第3期から第5期の公募が行われています。締切は第3期が令和8年8月17日、第4期が9月9日、第5期が10月7日(いずれも正午)で、申請は電子申請システム「Jグランツ」経由です。
申請枠は2つあります。
| 海外展開支援枠 | 新市場開拓支援枠 | |
|---|---|---|
| 補助上限 | 1,000万円(グループ申請は最大1,500万円) | 500万円 |
| 補助率 | 2分の1 | 2分の1(小規模事業者は3分の2) |
| 主な申請要件 | — | 給与支給総額を年平均1.5%以上、売上高または付加価値額を年平均3%以上増加させる事業計画の策定 |
| 想定される取組 | 海外販路開拓、インバウンド対応、酒蔵ツーリズム | 差別化商品の開発、販売手法の多様化、ICT活用 |
補助対象者は「酒類の製造免許もしくは酒類の販売業免許を受けている者」またはそれを含むグループです。この一文だけを読めば、酒販店も飲食店も対象に含まれます。だからこそ「うちも出せるのでは」という発想になるわけです。
だが「対象となる取組例」はほぼ造り手向けに書かれている
ところが、公募要領の「補助対象事業」のページを読み進めると、様子が変わってきます。海外展開支援枠に列挙されている取組例は、海外の嗜好に即した新商品開発、新規ブランドの立ち上げ、地理的表示(GI)やテロワールを活用したブランド化、酒蔵自体の観光化、酒米農家と連携したストーリー性のある高付加価値商品の海外展開——といったものです。
お気づきでしょうか。これらのほとんどは、自社で酒を造っていることが前提の取組です。新市場開拓支援枠も同様で、休耕田の収穫物を原材料とした商品の開発、「伝統的酒造り」を差別化のポイントとした高付加価値商品の開発など、造り手を主語にした例が並びます。販売のみの事業者が主役になれる例は、販売手法の多様化やICTを活用した流通の効率化など、一部にとどまります。
優先採択は「製造者がいる場合に限る」と明記されている
決定的なのは優先採択の規定です。令和8年度は、酒米の価格高騰や米国の関税措置の影響を受けた(見込みを含む)事業者の取組が優先採択の対象とされています。ところが、その注記にはこう書かれています。「申請者又は参画事業者に酒類の製造免許を受けた者がいる場合に限ります」。
つまり、優先レーンは造り手にしか開かれていません。販売のみの事業者は、単独で申請する限り、この優遇を受けることができない設計になっています。
過去の採択者の顔ぶれからも同じ傾向が読み取れる
実際に過去の採択結果を見ていくと、酒蔵(日本酒・焼酎)、クラフトビールの醸造所、ワイナリーといった製造事業者が中心と見受けられます。もちろん採択理由は公表されないため断定はできませんが、制度の目的が「日本産酒類の輸出拡大」と「酒類業の経営改革・構造転換」に置かれていることを踏まえれば、自然な結果と言えるでしょう。輸出やブランド化の主体は、どうしても造り手になるからです。
審査する側から見ると:販売のみ・飲食店の計画が伸びにくい理由
審査は「制度の目的に合っているか」から始まる
私は補助金事務局で100件を超える事業計画の審査を担当してきましたが、審査する側から見ると、評価の出発点は常に「この事業は、制度が実現したいことに貢献するか」です。評価基準表の項目を一つずつ採点する前に、審査員の頭の中では、計画全体が制度の目的にどれだけ寄っているかという「距離感」が先に形成されます。
この補助金の目的は、公募要領の冒頭に明記されています。日本産酒類のブランディング、インバウンドによる海外需要の開拓、輸出拡大、そして酒類業の経営改革・構造転換です。酒蔵が海外販路を開拓する計画は、この目的のど真ん中に位置します。一方、酒販店の店舗改装や飲食店の提供メニュー拡充は、酒類の消費を通じて間接的に貢献するとは言えても、目的との距離は遠い。同じ完成度の事業計画が並んだとき、点が伸びるのはどちらか。審査員の視点に立てば、答えは明らかです。
「対象であること」と「審査で勝てること」は別物
補助金の対象要件は、いわば入場券です。入場券を持っていれば会場には入れますが、席次を決めるのは審査です。そして審査は相対評価の性格を持ちます。予算には限りがあり、申請者の中から評価の高い順に採択されていく以上、販売のみの事業者の計画は、制度目的に直結する造り手の計画と並べて比較されることになります。
審査員は短期間に多くの申請書を読み比べます。その実感として申し上げると、制度目的との距離は、文章の巧拙では埋まりません。どれだけ立派な言葉で飾っても、事業の中身が目的から遠ければ、評価項目の随所で少しずつ点を落とし、合計点で届かなくなります。逆に、目的に合った事業は、書き方が多少拙くても点が乗ります。土俵選びは、書き方の工夫より前に来る問題なのです。
「対象だから出せる」を「出せば可能性がある」と読み替えてしまうのは、補助金申請でよくあるつまずきです。申請書の作成には相応の時間がかかります。勝ち目の薄い土俵に工数を投じる前に、そもそもどの制度なら自社の計画が正当に評価されるのかを考えるべきです。
設備を買うだけの計画は評価が劣後すると明記されている
もう一つ、販売のみの事業者に不利に働きやすい規定があります。公募要領には「事業の経費が全て設備投資であり、かつ、設備の導入のみで完結する事業については、審査に当たって評価が劣後します」と明記されています。
酒販店や飲食店がこの補助金で申請しようとすると、冷蔵設備の増強、POSレジや在庫管理システムの導入といった「設備を買って終わり」の計画になりがちです。それはこの規定に正面からぶつかります。加えて、補助事業期間中はテスト販売を除き、成果物の販売や販売につながる営業行為ができないというルールもあります。日々の売上でまわっている小売・飲食のビジネスモデルとは、そもそも相性がよくない制度設計なのです。
酒販店・飲食店が最初から狙うべき3つの補助金
では、販売のみの酒販店や飲食店は何を狙えばよいのか。答えは、経済産業省・中小企業庁系の補助金です。こちらは業種を問わず、経営計画の質そのもので勝負できる設計になっています。酒類業界の中で造り手と比較されるのではなく、広い土俵で自社の計画の完成度を競う方が、はるかに現実的です。
販路開拓・店舗改装なら:小規模事業者持続化補助金
従業員数の少ない小規模事業者が販路開拓に取り組むための補助金です。酒販店であれば、角打ちスペースの新設、試飲イベントの開催、ECサイトの構築、ギフト需要向けの商品パッケージ開発。飲食店であれば、看板や内装の改修、新規客層向けの販促。いずれも持続化補助金が想定する取組の典型例で、「地域の小規模事業者の販路開拓」という制度目的のど真ん中に乗ります。国税庁の補助金では脇役だった取組が、ここでは主役になれるのです。創業から間もない事業者には、創業型という別枠も用意されています。
持続化補助金は、経営計画そのものを審査される制度です。単に「何を買うか」ではなく、どの客層に何を売り伸ばすための投資なのかを、日頃の商売の延長線で語ることが求められます。裏を返せば、特別な技術や研究開発がなくても自社の言葉で勝負できるということであり、初めて補助金に挑戦する酒販店・飲食店にとって最も取り組みやすい制度と言えます。
→ 小規模事業者持続化補助金<一般型>の申請サポート/<創業型>はこちら
新分野への挑戦・大きめの投資なら:新事業進出・ものづくり補助金
既存事業とは異なる新分野に打って出る、あるいは相応の規模の設備投資を伴う挑戦をするなら、新事業進出・ものづくり補助金が候補になります。酒販店が本格的な飲食業態へ進出する、卸機能を持って業務用市場に参入する、といった構想はこちらの制度趣旨に合致します。
なお、飲食店が自家醸造に挑戦してブルーパブ業態へ進出するようなケースでは、製造免許を取得して「造り手」の側に回ることになります。その場合は話が変わり、国税庁の酒類業補助金も視野に入ってきます。自社がどちら側に立つのかで、狙う制度は変わるのです。
生産性向上・省力化の設備なら:中小企業省力化投資補助金
人手不足への対応として設備やシステムを導入したい場合は、中小企業省力化投資補助金が候補です。酒販店であれば在庫管理や受発注の省力化、検品・仕分け作業の自動化。飲食店であれば配膳ロボットや券売機、調理場の省力化機器などが典型です。
先ほど述べたとおり、国税庁の補助金では「設備の導入のみで完結する事業」は評価が劣後します。しかし省力化投資補助金は、まさに省力化のための設備導入を支援するための制度です。同じ「設備を入れたい」という目的でも、制度を選び間違えると減点要素になり、正しく選べば制度趣旨そのものになる。補助金選びとはそういうものです。
賃上げ要件の重さも比較しておく
制度選びの際は、賃上げ関連の要件も見比べてください。国税庁の新市場開拓支援枠は、給与支給総額を年平均1.5%以上増加させ、かつ売上高または付加価値額を年平均3%以上増加させる事業計画の策定が申請要件です。しかも給与の増加目標が未達に終わった場合、導入した設備の残存簿価等を基準に、補助金の一部返還を求められる仕組みになっています(売上が伸びなかった場合などの免除規定はあります)。
経産省系の補助金にも賃上げに関する要件や加点措置はありますが、制度ごとに重さが異なります。要件を申請書の上だけで満たすのではなく、自社の人件費計画として本当に無理がないかを先に確認する。これはどの補助金を選ぶ場合でも共通の鉄則です。
酒蔵・ブルワリー・ワイナリーなら国税庁枠は有力な選択肢
ここまで販売のみの事業者に厳しい話をしてきましたが、逆に言えば、造り手にとってこの補助金は有力な選択肢です。製造免許を持つ酒蔵・ブルワリー・ワイナリーであれば、制度の目的と自社の取組が重なりやすく、優先採択の対象にもなり得ます。検討する場合のポイントを3つだけ挙げておきます。
2つの枠の使い分け
海外販路の開拓やインバウンド・酒蔵ツーリズムに取り組むなら海外展開支援枠(上限1,000万円・補助率2分の1)、国内向けの差別化商品開発や販売手法の見直しなら新市場開拓支援枠(上限500万円・小規模事業者は補助率3分の2)が基本の整理です。ただし新市場開拓支援枠には前述の給与増加要件と返還リスクがあるため、賃上げ計画の実現可能性とセットで判断してください。
締切とGビズIDの落とし穴
令和8年度の残りの締切は、第3期が8月17日、第4期が9月9日、第5期が10月7日(いずれも正午)です。申請にはGビズIDプライムが必要で、郵送での取得には1〜2週間かかります。公募要領には「IDの準備が間に合わないことによる申請期限の猶予はない」と明記されているため、未取得の場合はまずIDの手続きから始めてください。
補助事業期間中に「売ってはいけない」
見落とされがちなのが、補助事業期間中はテスト販売を除き、成果物の販売や販売につながる営業行為ができないという制約です。ここで言うテスト販売とは、試作品や新商品を限定された期間に試験的に販売し、顧客の反応を測定・分析して改良につなげる取組を指します。開発した新商品をすぐ本格販売したい場合には、事業スケジュールの組み方に工夫が要ります。計画段階から販売開始時期を設計に織り込んでおくべきポイントです。
まとめ:自分がどちら側かで、出す先を最初に決める
国税庁の酒類業振興支援事業費補助金は、免許の種類だけを見れば酒販店や飲食店にも門戸が開かれています。しかし、対象事業の例示、優先採択の条件、過去の採択者の顔ぶれを重ねて見ると、この制度の主役は酒蔵・ブルワリー・ワイナリーといった造り手であると考えるのが妥当です。
販売のみの酒販店や飲食店は、無理にこの土俵に上がるのではなく、最初から経産省・中小企業庁系の補助金——販路開拓なら持続化補助金、新分野への挑戦なら新事業進出・ものづくり補助金、省力化の設備投資なら省力化投資補助金——を狙う方が現実的です。補助金は「出せるもの」に出すのではなく、「自社の計画が正当に評価されるもの」に出す。この順番で考えるだけで、申請にかける時間の価値は大きく変わります。
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長野 利雄 プラネット行政書士事務所 代表
- 中小企業診断士
- 行政書士
- 採用定着士
- 認定経営革新等支援機関
1971年山口県下松市生まれ、静岡県伊東市在住。
25年間、IT業界の東証プライム上場企業を中心に法人営業や企画部門に従事し、大手製造業向けにIoTやDXの導入を推進。2022年3月に日鉄ソリューションズ株式会社を退社後、プラネット行政書士事務所を開業。
中小企業のお客様へビジネス経験を活かした事業計画の策定や採用定着を支援。(公財)千葉県産業振興センターでの補助金受付業務(嘱託)や補助金事務局での審査の経験がある補助金専門家として活動中。2026年6月に千葉県市川市から静岡県伊東市へ移住。オンラインで全国のお客様を引き続きご支援しつつ、温泉三昧の日々も満喫。




