• 「このまま下請けの受託開発を続けていて、未来はあるのだろうか…」
  • 「自社の技術力で、もっと広く世の中に価値を届けられるはずだ」
  • 「いつかは自社製品をヒットさせ、会社の柱にしたい」

事業の未来を真剣に考える社長様であれば、一度はこのような想いを抱かれたことがあるのではないでしょうか。そして、会社の「起死回生」の一手として、受託開発型事業から、自社製品開発・販売事業への転換を決意される。その高い志と挑戦心に、まず心からの敬意を表します。

しかし、この事業転換は、私たちが想像する以上に険しく、成功のためには知っておくべき「落とし穴」がいくつも存在します。

これは挑戦の芽を摘むための話ではありません。社長のその覚悟と情熱を、”疲弊”ではなく”成功”に導くために、あえてお伝えしたい現実です。

受託開発と自社製品は「似て非なる」ものではなく「全く別の競技」である

多くの方が、「作る」という行為が共通しているため、受託開発の延長線上に自社製品開発があるように錯覚してしまいます。

しかし、これは「百戦錬磨のマラソンランナーが、明日からプロボクシングのリングに上がる」ようなものです。同じアスリートでも、求められる筋肉、戦略、そして戦う相手が全く異なります。

▼ 受託開発(これまで戦ってきたリング)

  • お客様は?: 顔の見える「A社のB部長」。
  • ニーズは?: お客様が提示する具体的な「要望リスト」。
  • ゴールは?: お客様の要望に完璧に応える「個別最適」。
  • お金の流れは?: 納品すれば入金される「確実なキャッシュ」。
  • 強みは?: 顧客対応力、深い技術力、小回りの利くフットワーク。

▼ 自社製品開発(これから挑むリング)

  • お客様は?: 顔の見えない「市場」という不特定多数。
  • ニーズは?: 自分たちで立てた「仮説」。当たる保証はない。
  • ゴールは?: より多くの人が満足する「最大公約数」。
  • お金の流れは?: 売れる保証なく投資が続く「先行投資」。
  • 強みは?: マーケティング、資金調達力、製品サポート体制、ブランド構築力。

いかがでしょうか。強みの部分が、技術力ではなく、これまであまり使ってこなかった筋肉ばかりであることにお気づきになるはずです。

中小企業を待ち受ける「3つの巨大な壁」

この「競技の違い」を理解しないままリングに上がると、多くの企業が3つの壁にぶつかり、疲弊していきます。

1. 保証なき先行投資の壁(キャッシュフローの死の谷)

受託開発であれば、納品すれば確実に入金がありました。しかし自社製品は、売れるかどうかわからないものに対して、開発費、人件費、広告宣伝費…と、お金だけが先に出ていきます。

売上がゼロのまま数ヶ月、場合によっては1年以上もコストを支え続ける体力が必要です。多くの企業がこの「死の谷(Valley of Death)」を越えられず、製品が世に出る前に力尽きてしまいます。

2. 需要を「創る」ことの壁(マーケティングの不在)

「良いものを作れば、自然と売れるはずだ」――これは技術力に自信がある会社ほど陥りやすい、最も危険な幻想です。

受託開発では、お客様が「これが欲しい」と目の前に現れてくれました。しかし自社製品では、こちらから「こんな素晴らしいものがありますよ!」と市場に知らせ、興味を持ってもらい、お金を払ってもらうという、需要を「創り出す」活動が不可欠です。

このマーケティングやセールスの専門知識と実行力がなければ、どれだけ優れた製品も、誰にも知られずに倉庫で埃をかぶることになります。

3. マインドセットと企業文化の壁(組織の変革)

最も根深く、変革が難しいのがこの壁です。

  • ゴール設定の変化: 「顧客の要望に応える」ことがゴールだった技術者が、「市場の仮説を検証する」という曖昧なゴールに戸惑います。
  • 失敗への許容度: 受託開発では「失敗=契約違反」ですが、自社製品開発では「小さな失敗を繰り返して成功に近づく」のが当たり前。この文化の違いを受け入れられるでしょうか。
  • 社長自身の役割変化: 社長はもはや、凄腕のプロジェクトマネージャーや技術者ではいられません。会社の未来を語る「ビジョナリー」であり、資金繰りに奔走する「CFO」であり、製品の価値を叫ぶ「首席エバンジェリスト(伝道師)」になる必要があります。

では、どうすれば「起死回生」にできるのか?

絶望的な話ばかりに聞こえたかもしれません。しかし、この困難な道を乗り越え、成功している中小企業も確かに存在します。彼らにはいくつかの共通戦略があります。

  • 「汎用製品」の罠から逃れる: いきなり全方位を狙うのではなく、「特定の業界の、特定の深い悩み」を解決する超ニッチな製品から始める。市場が小さければ、大手も参入してきませんし、マーケティングも容易になります。
  • 受託開発を「エンジン」にする: 受託開発で安定したキャッシュフローを確保し、その利益の一部を自社製品開発に投資する「ハイブリッド型」で始める。
  • 顧客の中から「種」を見つける: 受託開発でA社のために作ったツールを、少し汎用化して「A社と同じ悩みを抱えるB社、C社にも売れないか?」と考えてみる。これが最もリスクの低いスタートです。

最後に:その挑戦は「第二の創業」です

社長が目指す自社製品開発への道は、単なる「新規事業」ではありません。それは、会社の文化、スキルセット、お金の流れ、そして社長自身の役割まで、すべてを変革する「第二の創業」に他なりません。

このコラムが、社長の熱い想いに冷や水を浴びせるためではなく、その情熱を正しい方向へ導き、輝かしい「起死回生」の物語を紡ぐための一助となれば、これほど嬉しいことはありません。

まずは、「我々は、全く新しい会社に生まれ変わる覚悟があるか?」――その問いから始めてみてはいかがでしょうか。