「立派な企業理念を掲げた。毎朝の朝礼で唱和もしている。なのに、どうも社員の心に響いていない。日々の行動が変わらない…」
社長として、これほど歯がゆいことはないでしょう。そのお気持ち、痛いほどよく分かります。会社の魂であるはずの理念が、まるで壁に飾られた額縁のように、ただの“お題目”と化してしまっている。この状況を、どうすれば打破できるのでしょうか。
結論から申し上げます。
その悩み、原因は理念の翻訳不足にあります。
理念という「あるべき姿」と、社員の日々の「具体的な業務」。この二つの間に、行動レベルの“橋”が架かっていないのです。社員は「具体的に何をすれば理念を体現したことになるのか」が分からず、結局、目の前の作業や売上目標だけを追いかけることになってしまいます。
今回は、その“橋”を架け、理念を社員一人ひとりの血肉に変えるための具体的な方法をご紹介します。
あなたの会社の理念は「北極星」ですか?それとも「詳細な地図」ですか?
企業理念は、会社が進むべき方向を示す「北極星」のようなものです。これは絶対に必要です。しかし、考えてみてください。私たちが旅をするとき、北極星の位置だけを頼りに目的地へたどり着けるでしょうか?
嵐が来れば見えなくなり、目の前に川があれば渡り方が分かりません。旅には、北極星という「コンパス」と同時に、「この道を進み、あの橋を渡る」という具体的なルートが描かれた「地図」が必要です。
この「地図」こそが、理念を翻訳した「行動指針(クレド)」なのです。
「お客様第一」という立派な北極星を掲げても、
- 営業担当は、お客様にどう接すれば「お客様第一」なのか?
- 開発担当は、どんな製品を作れば「お客様第一」なのか?
- 経理担当は、どんな書類処理をすれば「お客様第一」につながるのか?
この問いに答えられる「地図」がなければ、社員は動けません。そして、「地図」がないまま進めと指示するから、「また社長が精神論を言っている」と冷めてしまうのです。
“お題目”を「我が社の行動指針」に変える3ステップ
では、どうすれば理念を行動指針という「地図」に落とし込めるのでしょうか。難しいことではありません。社長の“独りよがり”にせず、社員を巻き込むことが成功の鍵です。
ステップ1:まず、社長自身が「行動」の言葉で書き出す
いきなり社員に丸投げしてはいけません。まずは社長である、あなた自身の言葉で理念を分解するのです。
「我が社の理念『〇〇』とは、つまり、こういう行動のことだ」
これを、最低でも10個、具体的な「動詞」で書き出してみてください。
(例)理念:「最高の品質で社会に貢献する」
- 私たちは、ダブルチェックを絶対に怠らない。
- 私たちは、お客様からのクレームを「宝物」と捉え、必ず水平展開する。
- 私たちは、昨日の自分より0.1%でも成長できる新しい工夫を探す。
- 私たちは、整理整頓を徹底し、いつでも誰でも使える職場を維持する。
どうでしょうか。ここまで具体化すると、「何をすべきか」が明確に見えてきませんか?
ステップ2:社員を巻き込み「私たちの行動」に昇華させる
社長が作った行動指針案を“タタキ台”にして、いよいよ社員の出番です。部署やチームごとにワークショップを開き、こう問いかけてください。
「私たち〇〇部にとって、この理念を実現するための行動って、具体的に何だろう?」
営業部、製造部、管理部…それぞれの持ち場で、自分たちの言葉で行動指針を作ってもらうのです。社員自身の口から出てきた言葉は、魂が宿ります。「社長に言われたから」ではなく、「自分たちで決めたことだから」という当事者意識が芽生える瞬間です。
ステップ3:「クレドカード」として常に携帯できる形にする
そうして生まれた「私たちの行動指針」を、覚えやすく、心に響く言葉でまとめ上げましょう。これを「クレド(信条)」と呼びます。
手帳に挟めるカードサイズにして、全社員に配布するのがおすすめです。
何か判断に迷った時、お客様と接する前、クレーム対応をする時…そのカードをそっと見る。すると、そこには自分たちが決めた「行動の地図」が書かれている。これが、理念が血肉になるということです。
社長の仕事は「行動指針」を誰よりも体現し、語り、評価すること
地図を作って終わりではありません。むしろ、ここからが本番です。
社長であるあなたの仕事は、
- 誰よりも、その行動指針を率先して実践すること。
- 会議や朝礼、日々の会話の中で、行動指針に沿った社員の行動を具体的に褒めること。(「〇〇さんのさっきの対応、まさにうちの行動指針『△△』そのものだね。ありがとう!」)
- 人事評価の基準に、その行動指針を組み込むこと。
理念を行動に翻訳し、その行動を正しく評価する。このサイクルが回り始めた時、会社は劇的に変わります。社員はもう迷いません。一人ひとりが「生きた理念」を体現する、自律したプロフェッショナル集団へと変貌を遂げるはずです。
社長、あなたのその熱い想いを、精神論という“お題目”で終わらせてはいけません。社員が手に取れる「地図」にまで翻訳し、共に進む道を示すことこそが、今、社長であるあなたにしかできない最も重要な仕事なのです。
