会社の未来を想い、常に新しい可能性に目を光らせる。
それは経営者として、極めて重要で、尊い姿勢です。
- 「面白いビジネスを思いついたぞ!」
- 「来期から、この新規事業をスタートする!」
会議の席で、社長であるあなたが熱意を持ってこう語った時、社員の顔がどう見えるでしょうか。期待に輝いているでしょうか。それとも、一瞬の沈黙の後、静かにうつむいてはいないでしょうか。
もし後者だとしたら、彼らの心の中では、こんな言葉が渦巻いているのかもしれません。
「…で、その仕事は、一体誰がやるんですか?」
この社員たちの声なき声に気づかずして、新規事業の成功はあり得ません。今回は、ともすれば情熱だけで突っ走りがちな新規事業計画に、なぜ「人員計画」という冷静な視点が不可欠なのか、その理由を率直にお伝えしたいと思います。
「夢」が「悪夢」に変わる瞬間
もちろん、会社の成長のために新しい柱を立てたいという想いは、経営の原動力です。しかし、その想いが「誰が、どのように実行するのか」という現実的な計画と結びついていない時、その美しい夢は、社員にとっての「悪夢」に変わってしまいます。
- 現場は静かに疲弊していく
- 「社長の思いつきで、また仕事が増えた…」。既存の業務ですら手一杯なのが、中小零細企業の現実です。そこに新しい業務が乗っかれば、社員の残業時間は増え、心身はすり減り、社内の空気は確実に悪化します。
- 屋台骨である「既存事業」が崩壊する
- 優秀な社員ほど、新規事業の担当に抜擢されがちです。しかし、その結果、今まで会社を支えてきた既存事業の品質や顧客対応が疎かになり、売上や信頼の低下を招くケースは後を絶ちません。新しい家の建築に夢中になるあまり、今住んでいる家がボロボロになっていくようなものです。
- 結局、新規事業は「頓挫」する
- 片手間で進める新規事業が、厳しい市場で成功するほど甘くはありません。リソース不足で開発は遅延し、中途半端なサービスしか生み出せず、結局は「あの話、どうなったんだっけ…」と自然消滅。投下したわずかな資金と、社員の膨大な時間が無駄になります。
そして何より恐ろしいのが、経営者である、あなたの「信頼」が失われることです。「うちの社長は、現場のことを何も分かってくれない」「ただ夢を語るだけで、責任は取らない」。一度こう思われてしまえば、次の一手を打つことは極めて困難になります。
夢想家ではなく、責任ある「経営者」の仕事とは
では、どうすればよかったのでしょうか。
新規事業を諦めるべきなのでしょうか。いいえ、決してそうではありません。
責任ある経営者は、「事業計画」と「人員計画」を必ずセットで考えます。
「何をやるか(What)」を語る情熱と、「誰がやるか(Who)」「どうやってやるか(How)」を考える冷静さ。この両輪があって初めて、事業計画は前に進むのです。
明日からできる、3つの具体的なアクション
もし今、あなたの頭の中に温めている新規事業のアイデアがあるなら、社員に語る前に、まず以下の3つのステップを踏んでみてください。
- 「人員の棚卸し」を徹底的に行う
- まずは、今の社内の状況を客観的に、厳しく見つめ直しましょう。「誰が」「どの業務に」「何時間使っているのか」。感覚ではなく、事実として書き出してみてください。そこに、新しい事業を差し込む「本当の余裕」はありますか?答えがおそらく「ノー」であることを、直視するところから始まります。
- 現場を「壁打ち相手」にする
- 計画を決定事項として通達するのではなく、信頼できる社員を壁打ち相手にしましょう。「こういう事業を考えているんだけど、もしやるとしたら、どんな課題があると思う?」「どうすれば、今の業務をこなしながら実現できるかな?」。彼らから出てくる現実的な意見こそ、計画の成功確率を高める何よりの財産です。
- 「外部リソースの確保」を具体的に計画する
- 社内にリソースがないなら、外から調達するしかありません。「誰かいい人がいたら採用しよう」といった漠然とした考えは捨てましょう。
- この業務は、業務委託(アウトソーシング)できないか?
- 専門的な知見を、副業・兼業人材に期間限定で借りられないか?
- 国や自治体の補助金を使って、採用や育成のコストを賄えないか?
- これらの具体的な「リソース調達計画」を立て、その目処が立った段階で初めて、新規事業は現実味を帯びるのです。
- 社内にリソースがないなら、外から調達するしかありません。「誰かいい人がいたら採用しよう」といった漠然とした考えは捨てましょう。
おわりに
新規事業は、会社を次のステージへ引き上げるためのエンジンです。
そして、そのエンジンを動かす燃料は、社員の情熱と信頼に他なりません。
社長、あなたの素晴らしいアイデアを、社員を疲弊させるだけの「空想」で終わらせないでください。現実的な人員計画という土台の上に、実現可能な「事業」として花開かせてください。
その冷静で責任ある姿にこそ、社員は「この社長になら、ついていきたい」と感じるはずです。
