毎日、会社の最前線で舵を取り、従業員の生活を守っておられる社長の皆様、本当にご苦労様です。

会社の未来を考えない日はないと存じます。特に、ご自身の引退と、大切に育ててきたこの会社をどう引き継いでいくかという「事業承継」は、最大の関心事であり、同時に最も頭の痛い問題ではないでしょうか。

  • 「自分はまだまだ元気だし、引退はまだ先のこと」
  • 「いざとなれば、息子(あるいは信頼するあの幹部)が何とかしてくれるだろう」

もし、少しでもそうお考えでしたら、ぜひこの先をお読みください。

実は、その「まだ先」という油断こそが、会社の未来を危うくする最大の落とし穴になりかねないのです。

なぜ、後継者の育成には「5年~10年」も必要なのか?

「後継者の育成には5年~10年かかる」とよく言われます。「そんなに大げさな」と思われるかもしれません。しかし、これは決して大げさな話ではないのです。

なぜなら、事業承継とは単なる「仕事の引き継ぎ」ではないからです。それは、社長の代わりが務まる人間をゼロから育てるという、壮大なプロジェクトに他なりません。

考えてみてください。社長の仕事は、誰でもできるマニュアル化された仕事でしょうか?違いますよね。後継者が本当に身につけなければならないのは、目に見える業務スキルだけではないのです。

1. 会社の「すべて」を肌で知るための時間

社長は、会社の隅々まで把握し、最終的な経営判断を下さなくてはなりません。そのためには、後継者が各部門を数年単位で回り、現場の苦労や課題を肌で知る必要があります。

「経理の担当者として資金繰りに頭を悩ませる気持ち」と「営業マンとして頭を下げて仕事を取ってくる気持ち」。この両方が分からなければ、血の通った経営判断はできません。この「全社的な視野」を養うだけでも、あっという間に数年が経過します。

2. 目に見えない「宝」=無形資産を渡すための時間

会社には、貸借対照表には載らない「宝」があります。これを引き継ぐには、非常に長い時間が必要です。

  • 人脈という財産: 長年付き合いのある銀行の支店長や、いつも無理を聞いてくれる仕入先の社長との信頼関係。これは社長ご自身の財産であり、会社の生命線です。この「信頼のバトン」を渡すには、後継者自身が何度も顔を合わせ、人間性を認めてもらうしかありません。紹介して「はい、終わり」とはいかないのです。
  • 経験と勘という「お守り」: 「この案件は何か嫌な予感がする」「あの社員、最近元気がないな」。長年の経験で培われた、言葉にできない「勘」や「嗅覚」。これは、社長が幾多の修羅場をくぐり抜けてきたからこそ身についた強力な「お守り」です。この感覚は、多くの重要な意思決定の場に同席させ、成功も失敗も隣で追体験させることでしか、継承できません。

3. 経営者としての「覚悟」を育むための時間

そして最も重要なのが、経営者としての「覚悟」です。会社の印鑑の重み、従業員とその家族全員の生活をこの両肩で背負うという凄まじい重圧。

この覚悟は、誰かに教えられて身につくものではありません。社長という「安全網」があるうちに、後継者に重要な判断を任せ、その結果責任を負わせる。その小さな成功と失敗の積み重ねを通して、少しずつ、しかし確実に、経営者としての覚悟が磨かれていくのです。

タイムリミットは、もう始まっている

いかがでしょうか。これだけのことを成し遂げるのに、5年や10年という歳月が決して長くないことをご理解いただけたかと思います。

ここで、ご自身の年齢を当てはめてみてください。

もし、社長が70歳で完全に引退するとしましょう。育成に10年かかるとすれば、後継者教育は「60歳」の時にはスタートしていないと間に合わない計算になります。

「まだ先のこと」ではありません。タイムリミットは、もう始まっているのです。

さらに言えば、ご自身の健康問題や不慮の事故など、万が一の事態はいつ訪れるか分かりません。準備ができていない状態での突然の承継は、社内に激しい混乱を招き、お客様や金融機関の信頼を失い、最悪の場合、廃業の引き金にもなりかねません。

社長が成し遂げるべき、最後の、そして最大の仕事

事業承継の準備は、「引退の準備」という寂しいものではありません。

それは、社長が人生をかけて育ててきた会社を、次の時代、さらにその先の未来まで輝かせるための「未来への投資」です。そして、それこそが現役社長である皆様が成し遂げるべき、最後の、そして最大の仕事と言えるでしょう。

「何から始めればいいか分からない」

そう思われたなら、まずは小さな一歩からで構いません。

  • 後継者候補と考えているご子息や従業員と、一度ゆっくり、「会社の未来について」お茶でも飲みながら話してみる。
  • 信頼できる税理士や会計士、あるいは商工会議所の担当者に、「ちょっと相談があるんだが」と声をかけてみる。

その勇気ある一歩が、会社の10年後、20年後の未来を創ります。

社長の情熱が詰まったこの会社を、最高の形で次世代へ繋ぐために。

さあ、今日から、始めてみませんか。