「社長、素晴らしいお話です!ぜひ我が社と契約を!」

大手企業からの思いがけない発注。新規取引先との大きな契約。会社の未来が明るく見えたその瞬間、目の前に差し出された契約書。

「早くサインして、仕事を前に進めたい!」

その気持ち、痛いほどよく分かります。しかし、その焦りが、あなたの会社の未来を、静かに、しかし確実に縛り付ける“罠”になるかもしれないとしたら…?

今回は、多くの中小企業の社長が見過ごしがちな、契約書に「しれっと」紛れ込んでいる「競業避止義務」という、恐ろしい条項についてお話しします。

「まあ、大丈夫だろう」その油断が命取りに

先日、ある製造業のA社長から、こんなご相談を受けました。

「大手B社から下請けの仕事をもらっていたんですが、突然契約を切られてしまって。まあ、それは仕方ない。うちの技術力があれば、別の会社とすぐに取引できると思っていたんです。ところが、新しい取引先と話を進めていたら、B社の法務部から内容証明が届いたんです。『貴社は競業避止義務に違反している。即刻その取引をやめなければ法的措置を取る』と。契約書をよく見たら、『契約終了後5年間、日本全国においてB社と競合する一切の事業を行ってはならない』って書いてあったんです。これじゃ、うちは得意な分野で一切商売ができない。どうしたらいいんだ…」

A社長は、契約時にこの条項の本当の恐ろしさに気づいていませんでした。その結果、会社は得意な技術を封じられ、売上は激減。倒産の危機に瀕してしまったのです。

これは、決して他人事ではありません。

「競業避止義務」は悪者か?

そもそも「競業避止義務」とは、自社の技術やノウハウ、顧客情報などが、取引を通じて相手方に流出し、不正に利用されることを防ぐためのものです。正当な目的で、合理的な範囲で定められる限り、一概に悪い条項ではありません。

問題なのは、A社長のケースのように、一方の当事者に「過剰な」負担を強いるケースです。

あなたの契約書は大丈夫?危険な条項チェックリスト

契約書にサインする前に、最低でもこの4点は必ずご自身の目で確認してください!

  • 1. 期間が異常に長くないか?
    • 「契約終了後3年、5年…」といった長期間の定めは危険信号です。保護すべき情報が陳腐化するのに必要な期間を超えていませんか?**「1年程度」**が合理的な一つの目安です。
  • 2. 場所(エリア)が広すぎないか?
    • あなたの会社の事業エリアと関係ない「日本全国」「全世界」といった条項は、明らかに過剰です。「東京都内において」など、事業の実態に合わせて限定されるべきです。
  • 3.禁止される仕事の範囲が曖昧で広すぎないか?
    • 「競合する一切の事業」「類似する業務」といった書き方は非常に危険です。何が禁止されるのかが曖昧で、相手のさじ加減一つであなたの事業が差し止められるリスクがあります。禁止する事業内容は、具体的に定義されているべきです。
  • 4.見返り(代償措置)はあるか?
    • これだけ厳しい義務を負うのですから、それに見合う対価がなければアンフェアです。何の金銭的な見返りもなく、一方的に義務だけが課されていませんか?

一つでもチェックがついたら、危険な兆候です。その契約書に、安易にハンコを押してはいけません。

「NO」と言う勇気。「交渉」という最強の武器を持とう

「こんなことを指摘したら、契約が流れてしまうのでは…」

その不安、よく分かります。しかし、考えてみてください。あなたの会社の弱みに付け込むような、アンフェアな契約を押し付けてくる相手と、本当に長期的に良好な関係が築けるでしょうか?

むしろ、誠実に、毅然とした態度で交渉に臨むことは、「この社長は信頼できる」という評価につながることさえあります。

交渉はケンカではありません。次のように、丁重に、しかし明確に修正を依頼しましょう。

<交渉セリフ例>

「契約書の第〇条の競業避止義務についてですが、内容を確認させていただきました。弊社の事業実態に鑑み、期間を『契約終了後1年』に、地理的範囲を『東京都及び神奈川県内』に修正していただけませんでしょうか。この範囲であれば、御社の正当なご利益を害することはないかと存じます。」

社長、あなたの会社を守れるのは、あなただけです

契約書は、単なる紙切れではありません。それは、あなたの会社と従業員の生活を守る「盾」です。目先の売上や取引欲しさに、未来を縛る「鎖」ともなり得るその紙に、安易にサインをしてはいけません。

もし少しでも不安があれば、迷わず弁護士や商工会議所などの専門家に相談してください。契約書チェックにかかる費用は、将来のリスクを考えれば、決して高い投資ではありません。

社長の仕事は、目の前の仕事を取ってくることだけではない。未来のリスクから会社を守り、持続可能な経営を実現することです。

その第一歩として、まずは目の前の契約書を、もう一度じっくりと読み返すことから始めてみませんか?