事業拡大、後継者問題の解決、新規事業への挑戦…。
日々、会社の未来を考え、奮闘されている社長の皆様にとって、M&A(企業の買収・合併)は非常に魅力的な選択肢の一つです。成功すれば、会社を飛躍的に成長させる起爆剤となり得ます。
しかし、その一方で、M&Aが原因で会社が傾き、取り返しのつかない事態に陥るケースが後を絶たないのも、また事実です。
希望に満ちた「甘い夢」が、なぜ悪夢のような「痛い現実」に変わってしまうのか。
今回は、多くの社長が陥りがちなM&Aの落とし穴と、その回避策について、本音でお話ししたいと思います。
※当事務所は中小企業庁のM&A支援機関に登録されています。
なぜ失敗は起きるのか? 核心は「買う前」にある
M&Aの失敗というと、「買った会社が思ったより儲からなかった」という結果に目が行きがちです。しかし、本質的な原因は、もっと手前、「買うと決めるプロセス」に潜んでいます。
一言でいえば、「勢いとノリで買ってしまっている」のです。
こんな言葉に、心当たりはありませんか?
- 「この業界のことは、自分が一番よく分かっている。細かい数字は見なくても大丈夫だ」
- 「こんな良い話は二度とない。今このチャンスを逃してはいけない」
- 「先方の社長とは旧知の仲だ。彼を信じよう」
- 「自分が経営の舵を取れば、この会社は絶対に立て直せる」
これらは、百戦錬磨の社長であればこそ抱きがちな「自信」や「直感」です。しかし、M&Aの世界では、その自信が命取りになりかねません。
なぜなら、あなたが買おうとしているのは、あなたの知らない歴史、知らない文化、そして、あなたの知らない問題を抱えた「他人の城」だからです。
大手はやり、中小企業がやらない「決定的な差」
「大手はM&Aで成功しているのに、なぜうちは…」
その差は、資金力だけではありません。プロセスの差です。
大手企業がM&Aを行う際、必ず「デューデリジェンス(Due Diligence、略してDD)」という手続きを踏みます。これは、いわば「企業の健康診断」です。
弁護士や会計士といった専門家がチームを組み、買収対象の会社を隅々まで調査します。
- 財務DD:帳簿に載っていない借金(簿外債務)はないか? 不良在庫はないか?
- 法務DD:訴訟のリスクはないか? 契約書に不利な条項はないか?
- 人事DD:キーマンが辞めるリスクはないか? 未払いの残業代はないか?
- 事業DD:特定の顧客に依存しすぎていないか? 技術や設備は古すぎないか?
彼らは、この「健康診断」の結果を見て、「リスクが高すぎるから、今回の買収は見送ろう」という冷静な判断を下します。たとえ、そこまでに多額の調査費用がかかっていたとしても、です。
一方で、多くの中小企業のM&Aでは、このプロセスが軽視されます。
「専門家に頼むとお金も時間もかかる。その分のお金があるなら、買収資金に回したい」
その気持ちは痛いほど分かります。しかし、これは「健康診断をケチって、後で高額な手術代を払う」のと同じこと。数十万円、数百万円の調査費用を惜しんだ結果、数千万円、数億円の損失を抱え込むことになるのです。
ハンコを押す前に。社長が今すぐ確認すべき3つのこと
では、どうすれば失敗を避けられるのか。高額な費用をかけられない中小企業でも、最低限できることがあります。そのハンコを押す前に、ぜひ一度立ち止まって、以下の3点を確認してください。
1. M&Aの目的を「一文で」言えますか?
「なんとなく儲かりそうだから」では危険です。「〇〇という技術を取り入れて、既存事業の生産性を20%上げるため」のように、具体的かつ明確な目的がありますか?目的が曖昧なM&Aは、ほぼ間違いなく失敗します。
2. 「耳の痛いこと」を言ってくれる人はいますか?
あなたの周りは「社長、すごいですね!」「いい話じゃないですか!」と賛同する人ばかりになっていませんか?顧問税理士でも、金融機関の担当者でも構いません。客観的な視点から「この点はリスクではないですか?」と指摘してくれる「セカンドオピニオン」を必ず確保してください。
間違っても、M&A仲介会社の言うことを鵜呑みにしてはダメです。そんなウブでは、してやられますよ。
3. 「これが出たらやめる」という基準はありますか?
事前に「〇〇円以上の簿外債務が見つかったら、この話は白紙に戻す」といった「撤退ルール(ディールブレーカー)」を決めておきましょう。これが、いざという時に「勢い」や「情」に流されないための命綱になります。
最後に
M&Aは、会社を成長させる強力なエンジンです。しかし、使い方を間違えれば、自らを破滅させる爆弾にもなります。
社長のその「決断」は、あなたご自身だけでなく、従業員、そしてその家族の人生をも背負う、非常に重いものです。
どうか、「勢い」や「甘い夢」だけで判断しないでください。
冷静な分析と、慎重なプロセスこそが、M&Aを成功に導く唯一の道です。貴社の未来を守り、輝かせるためのM&Aとなることを心から願っております。
