一代で会社を築き、血と汗の結晶である我が社を、誰よりも信頼する長男に継がせたい。
中小零細企業の社長であれば、誰もが抱く切なる願いではないでしょうか。事業の継続と従業員の生活を守るため、経営権は後継者である長男に集中させる。実に合理的で、力強い決断です。
しかし、社長。その決断に、一つだけ見落としている命取りの罠はありませんか?
その罠の名前は「遺留分(いりゅうぶん)」。
- 「家族の問題だ、俺の言うことは絶対だ」
- 「会社を継がない他の子供たちも分かってくれるはずだ」
そう思っているとしたら、大変危険です。その想いが、あなたが人生をかけて育て上げた会社と、愛する家族の関係を、根底から破壊してしまうかもしれないのです。
ある日、後継ぎの息子に届く「爆弾」
想像してみてください。
あなたが天寿を全うし、あなたの遺志通り、長男が新社長として懸命に会社を切り盛りしている数ヶ月後。
一本の電話が鳴ります。あるいは、一通の内容証明郵便が届きます。
差出人は、長男の兄弟(あなたの他の子供たち)から依頼を受けた弁護士。
「遺留分侵害額請求について」
これが、事業承継に潜む「爆弾」が爆発した瞬間です。
「遺留分」とは、法律で定められた、兄弟姉妹に保障されている最低限の遺産取得分です(兄弟の場合は、「法定相続分」の半分)。あなたが「全株式を長男に」と遺言書に書いても、この権利をゼロにすることはできません。
そして、この請求は「金銭で支払え」という、非常にシビアな要求なのです。
会社が危機に瀕する「悪夢のシナリオ」
相続財産の大半が自社株式である場合、後継者である長男の手元に、数千万円、場合によっては億を超える「現金」などあるはずがありません。
では、どうやって支払うのか?
- 会社の金に手を付ける? → 会社から役員貸付金として引き出せば、会社の財務は一気に悪化。金融機関からの信用も失います。
- 個人資産を売る? → 自宅を売って支払いに充て、新社長は家なしに?経営へのモチベーションを維持できるでしょうか。
- 【最悪の選択】会社の株式を売る? → 兄弟に株を渡せば、経営に口を出してくる「物言う株主」に。第三者に売れば、経営権は分散し、迅速な意思決定は不可能になります。
結果は火を見るより明らかです。
経営権は不安定になり、会社は内部から崩壊していく。あなたが守りたかったはずの従業員の雇用も、取引先との信頼も、すべてが失われかねません。
ライバル企業との競争ではなく、「家族内の相続争い」が、あなたの会社を潰す最大の原因になるのです。
今すぐ、社長がやるべき「最後の仕事」
しかし、絶望する必要はありません。この問題は、社長がご健在な「今」だからこそ、打てる手があります。事業承継を完璧な形で終わらせることこそ、社長が果たすべき「最後の、そして最大の仕事」です。
ステップ1:敵を知る(現状の把握)
まずは自社の株価がいくらなのか、相続財産全体で遺留分がいくらになるのかを税理士などの専門家と一緒に正確に把握しましょう。これが全ての始まりです。
ステップ2:武器を準備する(対策の実行)
遺留分対策には、有効な「武器」があります。
- 生命保険: 社長に万一のことがあった際、後継者の長男が「現金」で保険金を受け取れるようにします。この現金は遺産ではないため、遺留分支払いの原資として最強の武器になります。
- 代償財産の準備: 長男以外のお子様には、株式以外の現金や不動産を渡せるよう準備し、不満を和らげます。
- 正しい遺言書: なぜ長男に継がせるのか、会社と従業員をどう守りたいのか、あなたの「想い」を付言事項として記した遺言書は、法的な効果に加え、家族の心を繋ぐ効果もあります。
ステップ3:和平交渉(家族会議)
一番大切なことです。社長ご自身の口から、事業承'継の計画と、ご自身の想いを、全てのお子様に誠心誠意伝えてください。「言わなくても分かるだろう」は禁物です。隠し事をせず、オープンに話すことが、争いを防ぐ最大の防御策となります。
最高の形でバトンを渡すために
事業承継とは、単に株式や代表印を渡すことではありません。
後継者が経営に100%集中できる「盤石な環境」と、争いのない「円満な家族関係」まで含めて引き継いで、初めて「成功」と言えるのです。
「ウチは大丈夫」という根拠のない自信が、一番の危険信号です。
このコラムを読んで、少しでも胸騒ぎがした社長様。ぜひ一度、事業承継に詳しい税理士や弁護士、行政書士といった専門家にご相談ください。
あなたの会社と家族の未来を守るための行動は、今この瞬間から始まっています。
